消えない怒りについて。

自然な感情は、現実に対応するための反応ですから、目的を達すると消えていきます。
怒りが長く継続する場合、何か自然ではない事が起きているということです。

「怒りは、蓋だ重要なものは、蓋の中にある。」
ゲシュタルトセラピーのトレーニングを受けていた時に聞いた言葉です。

この言葉には、二つの側面があります。

1.怒りが出てこないと何も始まらない。
2.怒りの下に別の感情がある場合、そこを解決しない限り、怒りが残り続ける。

アドラー心理学は「怒りは、二次的感情だ。」といいますが、それと通じる考えです。

「二次的感情」については、googlで検索すると、いろいろ出てくるので、ここでは説明しません、興味のある方は、検索してみてください。

バート・へリンガー著「愛の法則」の「異なった種類の怒り」(182p~)に怒りについて良い解説があります。
短いですが、とても良くまとまっているので一読をお勧めします。

怒りの中にあるのは、憎しみだけとは限りません。
抑圧された愛、払いきれない恩義、他者の代理といったものもあります。

怒りの下に何か別のものがある場合、そこが明白にならない限り、訳の分からない怒りが残り続けることになります。

自分にも「訳の分からない怒り」があります。
少しずつ、見えてきたのは、怒りと母が密接につながっている事でした。

子供時代、自分は、母の怒りの前で母と同じように怒る事で身を守っていたのです。
結局、母は私たち兄弟を置いて家を出ていきました。
それは、正しい選択だったと思います。
もしあの時、母が家をでなければ、家族に死人が出たでしょう。

母からもらった怒りは、今もあります。
ある時、「せめて怒らせてくれ、怒りが無くなったら、母との繋がりが本当に消えてしまう。」という言葉が出てきました。

怒りの下にある「繋がっていたい。」という思い、それに気が付いたときリラックスが来ました。

母は、物理的に遠くにいます。
それ以上に、母の傍は、命の危険を感じる場所なので近づくのは困難です。
安全を守れるだけの距離を置いて、せめてもの繋がりを感じるのが今できるベストです。
それでも「繋がっていたい。」という思いがあるという理解は、自分を楽にしてくれました。

もう一つ、例を挙げましょう。
私のセラピストの事例です。

彼女がトレーニングを受けているとき、何をやっても母との関係、母への怒りが出てきて、本当にウンザリしたそうです。
ある時、怒りながら、母への愛を感じたと言います。

怒りながら、愛する事ができる。
同じ人物に対し、怒りと愛を同時に感じることが、何の矛盾もないと判ったとき、何かが変わったと話してくれました。

ブレスワークは、怒りの下にあるものを見つけるようなものではありません、まず蓋に触れ、それを開けるために役に立ちます。
確かに怒りの中には、深い根を持つものがあります。
しかし、ただ表現されるだけで消えていく単なる未完結な怒りも多いのです。
ゴミを放りだしてしまえば、それだけ使える生命力が増して、次のステップが楽になります。

振り返ると、怒りは、自分を守るためのものでした。
無力な子供時代、生き残るために生命力を動員する。
怒りは、そのために重要な働きをしてくれたと思います。

今日は、この辺で話を終わりたいと思います。

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